涙の物語/アンテ
 
岩のうえにはだれかがいて
彼女の服を身につけてから一度もふり返らずに去っていった
慌ててあとを追いかけようと身を起こすと
眼窩から水がこぼれてなにも見えなくなった
彼女は長いあいだ迷ったが
眼窩にもう一度水を注ぎ
青く澄みわたった空を見あげると
まばたきのたび視界が揺れた
どうしてこんなことになってしまったのだろう
どれだけ考えても判らなくて
水飛沫の音に耳を澄ましていると
気持ちが稀釈して
自分と水との境界を感じなくなった
おおい とつぶやいてみると
おおい と水が震えた




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