おびえること/はるな
 
ことは、そんなにこわくなかった。
というよりも、予想できなかった。転ぶことはほんの直前になってきゅうに目の前にくる事実であって、そこにはこわがるすきも怯えるひまもなかった。
それが、だんだん、あ、転ぶぞ、転ぶな、と、予期できるようになって。手をつくことを覚えて、かわしかたを覚えて。
そうしてまた、転ぶということが、どういうことがよくわからなくなって。

いまでは、腕を切ってしまうときなんかは、それにすこし似ている。
切ってしまいそうだな、切るかな、切ってしまうかな、とうっすら思って、それで、実際に切ってしまえばほっとする。肩の荷が降りるというか。ああ切ったな、やっぱり切ったなあ。そう思う。

なんで自分から転ぼうとするんだろう。
わたしが思うのは、それはたぶん、転んでしまえばほっとするからだ。
いつだってそうだ。わたしは、おびえること自体に、いちばんおびえている。

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