長谷川のこと/蒸発王
たため
長谷川は泣く泣く
レースのハンカチ包みを投げ入れた
京都
長谷川は真っ先に彼女を探した
住み込み先も総力をあげて探したが
彼女は見つからなかった
という
残念だったね
と
私が言うと
長谷川は首を横にふって
(出会えなかったから)
(思いを遂げられなかったからこそ)
(忘れずにいられるのでしょう)
目だけでゆっくりと笑い
ハイネの詩を暗唱してくれた
長谷川はそれから
住み込み先の会社で事業をまかされ
そこそこ成功して
別の人と家庭を持って
歳をとって
生きて
私の横で玄米茶を煎れている
空気のような寂しさと優しさに
私はどれだけ感謝したか知れないが
その思いが遂げられないからこそ
どんなに些細でも
長谷川のことを
忘れずに居られるのだとも思う
『長谷川のこと』
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