長谷川のこと/蒸発王
 
我が家にはじいやがいる
じいやの名前は長谷川という


『長谷川のこと』


長谷川は今年で82になる
大正の殆ど終わりに産まれて
人生の殆どは昭和に飲み込まれ
青春の殆どを戦争に埋められた

わずかながらも
輝かしい長谷川の青春は
書生時代
住み込み先(わがや)の用で
頻繁に東京と京都を行き来した彼は
京都で1人の娘とであった

娘は駆出したばかりの芸者で
ドウランは似合わなかったが
紅がよく似合う
初々しさを形にしたような娘だった

長谷川は思いを交わしたが
今のような付き合いは無く
一緒に並んで川沿いの桜を見たり
伏見稲荷の真っ赤な
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