鬼女紅葉とおまん/渦巻二三五
スで通えるのかな。
かつては、長野側から行くと道路の終点で、「どんづまりの村」と村の人自身が言っていたといいます。
昔も米や麦はつくっていたようですが、寒冷地なので多くの収穫は望めなかったでしょう。大麻や煙草などをつくっていたようです。大麻、煙草、玉蜀黍、蕎麦、こうしたものは痩せた土地でも栽培できるものです。
昭和三十九年に水芭蕉の日本最大級の群生地が発見され、それから観光に力を入れるようになったそうです。
今では奥裾花自然園となっています。
私も数年前、水芭蕉を見に行きましたが、それはそれは美しいところでした。昭和三十九年まで、そんな最近まで、人に知られない場所だったなんて信じ
[次のページ]
戻る 編 削 Point(1)