カピバラの事情/佐野権太
やると
どうしたわけか
カピは手を伸ばそうとしない
肩越しの
女房と子カピらが
ピタリと動きを留めている
その顎から一様に
よだれがだらだら垂れていた
まだあどけない前歯で
行儀よく並んで
カリカリかじるのを見ながら
(いい女房じゃないか
耳打ちすると
カピは心地よさそうに目を細めた
三、 恋風
カピの武勇伝は杯を重ねるごとに
尾ひれがついていく
あげくに
まだ独りか、とか
優しいばかりじゃ駄目だ、とか
生意気を放ちながら
ついに、酔い潰れてしまった
蛸(たこ)みたいに重たいカピを
部屋の隅まで引きずっていく
あの日と同じように
月あかりが
優しいかたまりを
銀色に照らしている
そっと寄り添い
ぬくもりに鼻先を沈めて
安らかに奏でられる
幾重もの旋律を
ひとつ、ふたつと数えていく、うちに
いつか、ふわり
*
独り、水辺の草原にたたずんでいる
湿った風が頬の曲線を
柔らかく乗りこえてゆく
その奥に
儚くただよう、微かな香り
に紛れて
また、ふわり
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