クジラになった少年/佐野権太
 
まめクジラの水槽には
売約済みの札が貼られていた
まだ幼いのか
さざ波を飲み込んだり
小さな噴水をあげては
くるくる浮き沈み
はしゃいでいる

こっそり水槽に指を垂らすと
あたたかい上顎で
搾(しぼ)るように吸いついてくる
店員が近づいてきたので
指先をぬぐいながら曖昧に微笑んで
店を出た



まどろみのなか、ほのかに漂う
磯の香りに目覚めれば
指先が鮮やかな青に染まっている
爪の隙間に小さな風を感じて
耳にあてがうと
静かな波音が聴こえた



退屈な授業は
頬杖を突くふりをして
潮騒に耳を澄ませていた
午後になると潮が満ちる
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