さよならの陰影/新谷みふゆ
なんて言いながら
本当はあの頃から知っていた
鉄塔の傍はいつも雨だった
うなじでゆれる後れ毛は
ちゃんとさよならを知っていた
眼の前をおおう羊歯の葉は幼いあたしの匂い
扇風機の風にゆれ いつも苦い味を飲んでいる
いつも濡れているくせに
いつも乾いている空気を夏は垂らしてくる
あたしはわけもなく胡瓜ばかりを齧ってしまう
水玉模様のコップはいつも空
あたしが残らず飲み干してしまうから
扇風機に絡まって 髪はよけい癖毛になっていく
湿度五十七パーセントの部屋で
青い羽根を廻す扇風機が
水玉模様のコップに乾いた音を注いでいた
肩越しには乳酸菌飲料の儚く白い泡が・・・
そして肩には
去年の夏と一昨年の夏とその前の夏と
何時かなんてすっかり忘れてしまった夏とが
あたしの生まれる前の傷痕と一緒にゆれている
鉄塔の傍はいつも雨
草いきれの強い匂い・・・
じきに暑さが湧いてくる・・・
いつかさよならをすること知りながら
あたしたちはいつも命をみつけようとする
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