夏風の子/佐野権太
初夏の雫を集めた、里芋の
透明な葉脈の裏側で
夏風の子が
小さな産声をあげる
まだ、うまく飛べない
棚田の畦(あぜ)に沿って
緩やかな曲線を描くと
早苗に浮かぶ蛙が
水かきを広げたまま
ぬらりと見あげる
砂利の坂道を転がって
麓(ふもと)の辻までくると
道祖神の前で
ひゅるひゅると
挨拶を忘れない
傍らの向日葵は、濃い緑を広げ
僅かに開いた蕾から
青い呼気を放つ
夏風の子が、そっと口づけて
ぷぅーと膨らませば
太陽の種たちが
夢のなかでコロコロ笑う
雨雲が太陽を隠すと
威勢のよい若い風たちが
びょーびょーと大地を渡っていく
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