THE CITY/朔良
ストーリを
見知った人が演じていた
わたしは叫びたかった
そんなことをしちゃだめだよ
そんなことに涙をながさないで
そんなことばかりしていたら
あなたはいまに本当に
愛と感動のスペクタクル巨編になってしまう
だけどわたしにはもう握りしめるための拳すらないみたいだった
手の平には穴があいていて
大切に握ったものは握る先から失われていく
人生に椅子を無くしたという中原中也の形容は素敵だけれど
歩行しながら肉体を失っていくこともあるのかもしれない
考えてみればわたしには手の平どころか
顔のパーツや子宮すらかけている気もした
裏路地の軽薄なスプレーアートがやけに美しくて
わたしは少し見入ってしまう
形式をあざ笑うかのように形式的に描かれたメッセージ
それを見ながらわたしは何も思い出さなかったし
何も考えなかった
すべてが醜悪な恣意の上に存在するとして
それは一体誰の恣意だろう
アイスクリームといっしょに蕩けていく夏の夜に
贈ることができるのは
きっと沈黙だけ
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