ダブリンの草莽/前田ふむふむ
 
赤いくちびるの、艶かしい呼吸の高まりが、
耳元をかすめ過ぎて、
世慣れた顔のひろがりは、穏やかに浮かび上がり、
成熟した夏を秘めた、
落ち着く若い寡婦の頬をかしげて、
経験にさばかれた甘い水をはじく、
震える細い指を、ふくよかな乳房に這わせる。
女はよそいぎの布を急ぎ、素肌に馴染ませて、
妖しい闇を閉じてゆく。

リフィー河を望む低い窓は閉じられて、
巧みに情酔するあるじを隠す。

湿りかえる午後に夏を揃えて、
吹き抜ける窓の外の、意志の深い空は、
途中で固まる痩せた灰色の壁を、
一枚一枚と剥がしつづける。

ダブリン――西の果てで花開いた竪琴の奇跡。
誇り高
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