父と、海と/佐野権太
 
泣いた

サンオイルの匂い 焼けたブルーシート
座敷で頼むより安いのだ、と持参したラーメンに
どこからか貰ってきた湯を注いだ
普段は決して食べられないカップラーメンは
涙がでるほど熱かったが
へばりついたワカメまで
きれいに平らげた

夕暮れの海岸通り 砂に埋もれたバイクの後輪
途方に暮れていた若いライダーは
国道まで後押しする父に
何度も頭を垂れた
思いついたように駆け戻った手には
しわくちゃの青い五百円札

お互い様だから、と軽く手を振り
傾いた太陽に向かって歩き出す
父の輪郭

大きくて、確かなものを
誇らしく見つめていた

  海をもて 心の中に 海をもて
  父の標(しるべ)に 吾(われ)の背中は




***


娘らが白波に駆けてゆく
日傘を捨てた君が、あわてて後を追う
足を止め、見渡せば
あの日と変わらない
海が輝く

ゆっくりと
胸を広げ
補充してゆく、






潮風

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