父と、海と/佐野権太
海を見たことがなかった
見え隠れする光
あれがそうだ、と無骨な指で示された海は
たいして青くなかった、が
軽トラックが、ギシギシとカーブを曲がるたび
輝きを探して、車窓にしがみついた
大きなビーチサンダルを引きずって、父の後に続いた
この方が近いのだ、と横切った畑には
肥溜めの大きな樽があって、鼻が曲がった
採り残された胡瓜(きゅうり)みたいに
父の笑顔も、不器用に
ひん曲がっていた
滑らかなうねり、浮き輪に反射する光
大丈夫だ、と手を離されて
初めて気づいた
支えられていたのは、身体だけではなかったと
逞(たくま)しい腕を求めて
大げさに泣い
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