H君へ/折釘
、きみと会わなくなってからも触れた夕日のすべてに、心の底では感じていたんだ。
きみが、おおきな瞳をして人の話しに耳を傾け、微笑みながら「ああ」と言う声は、誰からも愛されていたと今でも思っているよ。
ぼくは、きみの不器用で、ひたむきさに伝わる「ああ」が好きだった。
夏が大好きだったきみが、子どもの掠れたような声で「ああ」と頷く時、ぼくは本当の夏の光が差し込むように感じたものだよ。
だから。
ある夏の日にきみは飛んだんだと知らされた時、ぼくはきみの声を思い出しながら「ああ」と何度も呟いてみた。
ぼくは、きみの声を太陽の声だと思っていたから、どんなに離れていても、決して裏切らない季節のように、また巡り合うものだとばかり思っていたから。
きみの神様さえも幸せにするその声が、今、聞きたい。
まだ信じられなくても、現実のようだし。
泣いてみても、きみが帰る訳でもないことは分かっている。
それでも、泣きたくなる。
その時の翼の音が聞こえたようにも、聞こえなかったようにも思えて。
どうして、と何度たずねてみても、部屋は静かなものだよ。
今、部屋はとても静かだよ。
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