水を含む世界にて/千月 話子
の上に仁王立ち
思う存分 小便をした
勢い良く弧を描き
排出される液体の
先端から蒸発していく傍らで
小さき虹は生まれ
小さき虹は無数に生まれるのだった
腐臭と水分は森へ沈み
吸収されては花・実に移り
吸収されては緑に変わる
濃い空気の上空を
極彩色の鳥は飛び鳥は鳴き
「桃源郷、桃源郷、」と
森の名を呼ぶ
遠い日の国で
水分の意味
本棚に見覚えの無い「青春文庫」
背表紙のその題名に
どうしてか涙がこぼれた
盛り上がった文字を指でなぞれば
水分で構成された青の月の先端から
悲しみが 落ちてきて
左手の 平を濡らすのだけれど
光りで構成された春の天辺から
陽が 昇り
青い悲しみを照らしては
少しずつ乾かしていくのだった
青春文庫は 一度も開かれることなく
私の心の水分を吸収しては乾き
吸収しては乾きながら
いつの間にか
本棚から消えていた
愛する人よ
今、その本は
空にいる あなたの手許に
きっと あるのですね
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