忘却についての、ささやかな省察 (1)/竜一郎
 
の歴史の一大転回点、千年に一、二度あるかないかの運命的な瞬間だった。
 ゴットワルトは同志たちに付き添われていたが、彼の脇の、ほんの近くにクレメンティスがいた。雪が降っていて寒かったのに、ゴットワルトは無帽だった。細かな配慮の持ち主だったクレメンティスは、自分が被っていたトック帽を取って、ゴットワルトの頭の上に載せてやった。党の情宣部(情報宣伝部)は、毛皮のトック帽を被り同志たちに取り巻かれて民衆に語りかける、バルコニーのゴットワルトの写真を何千枚も焼き増した。共産主義のボヘミアの歴史は、このバルコニーのうえではじまったのだと。どの子供もポスターや教科書、あるいは美術館などで見て、その写真を知っ
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