鰐と谷川俊太郎/岡部淳太郎
 
(何ひとつ書くことはない)
あなたの存在そのものが
詩であり 世界であるからだ

鰐が天井にはりついて僕等を見下ろしている

それもまた
ひとつの世界だ

あなたは僕の父親と同じ歳で
それが僕にはとても奇妙なことに思われて
あの夜 あなたと僕等が
同じ鰐の腹の中にいたということも
素晴らしいくらいに奇妙なことに思われて

世界は鰐の顎と同じ強さで
僕等を噛み砕くことが出来るが
あなたはそれに対抗しうるもうひとつの世界として
背筋を伸ばして立っている

たに かわ しゅん たろう

あなたにはひとつの濁音もない
この世界が無数の濁音で満たされていることへ
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