凪の素描/芳賀梨花子
だといいのに
波が寄せる
砕け散って
飛沫になって
砂は悲しみも苦しみも喜びも
ただの泡とする
熱い風が吹いて
無残な白い肌を晒して
傷ついていく
そして砂塵は常に
行方を知らせない
肌が少し焼けたみたい
ひりひりする
波の音は過去の音
現実は確かな音がする
例えば
息子の呼び声
犬の鳴き声
遊んでいる
跳ねている
わたしを呼んでいる
その存在すら疑っていた愛は
不確かではない音となって
わたしを呼んでいる
立ち上がり砂を払った
潮が満ち始めている
それに風も止んだ
わたしは息子と子犬の名を呼ぶ
そして手を振って
おうちに帰るわよ、と言った
くりかえし言った
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