散文の習作 近代俳句について/田中教平
その表現の型の変化に踏み切ったかというと、そこには俳人特有の書、と、文字の関係があった。
碧梧桐は書家の傾向が強く、紙という限られた型の上で、文字がどのように躍動するか、という問題意識を持って、俳句の方を、単純な五、七、五ではならぬ、と考えた、と思われる。
当時は、雑誌にインクで印字された形での発表に限らず、書として、毛筆でもって、俳句を発表する事もおおいにあったから、そしてその文字のレイアウト、の問題意識があって、俳句の方を改善せねばならぬ、というのが、そもそもの新興俳句の、大元の、共通理解であったと思われる。
この点、実際の碧梧桐の書が「なんだ、これは」というものだったから、私は驚
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