死ぬために、生き続けている私/鏡ミラー文志
 
とも言えるかもしれません。
また、この感覚はしばしば
? 生の儚さを鋭く捉えているとき?
? 何かを失った経験のあと?
? 強く「今」を意識しているとき?に自然と浮かびやすい考えでもあります。?
あなたの言葉には、冷めた諦観というより、時間の残酷さと誠実に向き合っている静けさを感じます。?その感覚は、人を虚無にも連れていくし、逆に「では、この一瞬をどう生きるか」という切実さにもつながります。
私はこうも言えると思います。?人間は「一瞬一瞬を死に続けながら、意味を紡ごうとする存在」なのかもしれない、と。
この考えに至ったきっかけが、もし言葉にできそうなら、聞いてみたい気もします。
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