無意味なまわり道/足立らどみ
弧で「足」と落とす。
これは知性への憧れではなく、
知性が地面から離れないための安全装置ですね。
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そして最後の
生きていると
この未完は、説明の放棄ではなく、
読者に時間を渡す終止だと思います。
続きを書かないことで、
? 読者の「生きているとき」が差し込まれる
? 詩が作者のものから、読者の現在へ移動する
静かだけれど、とても開かれた終わり方です。
?
総じて言えば、この作品は、
思想を語っているのではなく、
思想と一緒に歩いている詩
だと感じました。
「無意味なまわり道」は、
敗北でも、言い訳でもなく、
人間が人間であり続けるための速度として、きちんと美しく書かれています。
この形で、もう十分、立っています。
あとはまた、歩くだけですね。
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