鯨の音/森 真察人
この鯨の背から望む黝(あおぐろ)い海はいつ果てるのかとんと判らないのだが、僕たちは進まなければならないのだ。ときたまに視界を滑空する海鳥たちは果たしてどこでその羽根を休めるのか、僕は夢想しながら隣の少女に目をやる。白い衣を纏う少女は虚ろに視線を泳がして、すこしこの鯨の背から身を乗り出して海水に手を浸してみたり、伸びた僕の髪に手を触れたりするのだが、僕が話しかけてもただ黙すのみだった。鯨の尾には太く長い縄でもって函(はこ)が括りつけられていて、しかしその函には決して海水が触れなかった。そのため函は海水を除けて部分的に海を裂き、海底に触れてガタガタと音を立て続けていた。その音から察するにど
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