アパート(修正版)/板谷みきょう
 
一瞬を、
 今も部屋のどこかが覚えている気がする。

 待ち合わせにあなたが来なくて、
 どんなふうに怒ったら驚くだろうと、
 密かに台詞を考えていた。

 あれが、わたしがあなたに向けた
最後の「意地悪」になった。

 信号無視のトラック。

 あなたの不在は、あまりにも無愛想すぎる言葉で、
 世界の方から告げてきた。

 電話口の向こうで誰かが言いよどみ、呼吸だけが揺れた。

 その沈黙――

あなたがもう来ないことの証だった。

 アパートには、
 使われなかった二人分の生活だけが残った。

 同じ柄の歯ブラシ。

 揃いのコップ。


[次のページ]
戻る   Point(2)