アパート(修正版)/板谷みきょう
一瞬を、
今も部屋のどこかが覚えている気がする。
待ち合わせにあなたが来なくて、
どんなふうに怒ったら驚くだろうと、
密かに台詞を考えていた。
あれが、わたしがあなたに向けた
最後の「意地悪」になった。
信号無視のトラック。
あなたの不在は、あまりにも無愛想すぎる言葉で、
世界の方から告げてきた。
電話口の向こうで誰かが言いよどみ、呼吸だけが揺れた。
その沈黙――
あなたがもう来ないことの証だった。
アパートには、
使われなかった二人分の生活だけが残った。
同じ柄の歯ブラシ。
揃いのコップ。
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