狐の願いと人魚の唄(To celebrate discharge)/板谷みきょう
?. 春の街道と、凍った泉
夜明け前の海へつづく街道は、ひんやりと澄み、
物音ひとつなく深い眠りの中にありました。
雪解け水が細く道を濡らし、歩くたび、
ぽとり、と小さな音が響きます。
そのかすかな響きは、幼いころ母狐が息絶えた
小川のせせらぎと、どこか似ていました。
母狐は、畑に追い詰められながらも、わずかな迷いもなく
与一を嬰児籠(えじこ)に寝かせ、猟師の目を引きつけました。
焚かれるように燃え上がった母の魂の熱は、
襟巻のように与一の胸に宿り、静かに息づいています。
北の空には、夜の名残を抱えた海の蒼がゆるやかに揺れ、
その深みに、与一はかつて出会った人魚の瞳
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