焦れ!/花形新次
 
雨が冷たくなってきたら
もう冬が近い
ついこの間までの
茹だるような暑さは
紺色のセーターに
取って代わられてしまった

少女の息が白い季節には
ずっと昔に
文房具屋できみに出会った時を
思い出す
きみが隣にいて
ルーズリーフか何かを選んでいた
僕はそのことに
全く気付いていなかったけれど
シャーペンを買いにレジに行こうとして
きみと目が合ったんだ

僕は意識が飛ぶぐらい驚いた
でもきみはそうでもなかった
はじめから僕がそこにいるのを
分かっているような素振りだった

だから
僕はあれが偶然だとは思わない
きみは僕の存在に気付いて
あそこにいたんだと

だけど
それからの僕は全然ダメで
頭の中が真っ白で
「俺のこと覚えている?」
としか言えなかった

数十年経った今でも
こうして思い出すくらいなのに

後悔だらけの記憶から
後悔だけを抜き出して
つまらない文章に仕立てる以外に
この心の空白を埋めることは
もはや出来っこないのだから

まだ間に合うお前たちへ
人生を焦れ!

戻る   Point(1)