影光る/積 緋露雪00
浜辺に足跡のみを残して
消えてしまった彼は、
多分に、月影の下
影踏みに夢中で海に呑み込まれ消えたのだらう。
彼の影は異様に蒼白く冷たく光り、
私はそれを見た途端に
それが梶井基次郎の霊と見当をつけ、
彼は自身の作品『Kの昇天――或るひはKの溺死』の如くに
影にどこかで落っことした吾を見つけてしまったに違ひない。
そんな影を踏む影踏みは、
夢中にならずにはゐられず、
その吾を踏み付ける愉楽は
何物にも代へがたくあり、
彼もまた、影が光りを帯びた霊性の眷属に見えたに違ひない。
さうして、死に行く彼は、
最期に潮を抱き締めるやうにしながら
――Eureka!
と快哉を挙げ、
その聲が消ゆると共に絶命したこの入水に
彼の宿痾である重い癆?から解き放たれて、
初めて安らぎの中に没することが出来たに違ひない。
吾もまた、夜の秋の月影の下、
この吾の光る影を踏み躙り
吾を踏むといふ何物にも代へがたき愉楽の中で、
入水する欲求に身を任せてしまひ、
溺死する吾を
唯、吾は抱き締めるしかなかったのである。
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