緑のたぬきと赤いきつね/足立らどみ
 
緑のたぬきと赤いきつね

ただ創作現場に入り込んであたかも自分も創作者達と同レベルと勘違いすることをお金を払って楽しむ文化の根っこにあるのは悪しき平等感覚でとても良いと思うけど、勘違い同士が評価を始めても表層世界にも残らないのを「対話依存型の詩人」というのかな?僕は悪しき平等主義者だしネット利用を良しと思うのだけど、その都度、常に例えば「詩とは何か?」と自問自答しては学ぼうとしてきているのだろうけど、詩なんて日常会話のアクセサリー程度の使用で良いという感覚で使っている詩の知識を否定もしないのだけれど、だからと言って目の前にいるクリエーター達との溝は感じておかない人達は、日常生活でもまわりの人達
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