蟷螂 。/田中宏輔
 
、潮の匂い
がたっぷりと沁み込んだ、男らしいゴツゴツとした太い指。その太い指に引っ掻きまわされて、くしゃくしゃにされる女の髪の毛。それは、ぼくの翅だ。カマキリは、その大きなトゲトゲギザギザの前脚で、ぼくの美しい翅をバラバラに引き裂いてゆくのだ。そのヴィジョンは、ぼくを虜にする。
 蝶のやうな私の郷愁!(三好達治『郷愁』)。ぼくの目は憶えている。ぼくの美しい翅が、少年の指に粉々に押し潰されたことを(ヘッセ『少年の日の思い出』高橋健二訳)。ぼくの目は憶えている。その少年の指が、ぼく自身の指であったことを。ぼくの指が、ぼくの美しい翅を、粉々に押し潰していったことを。



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