クレクレ星人の独り言「祈りの考察。」85/ジム・プリマス
 
 先日来、何種類かの祝詞を奏上したあとで、自分の願いが、実際に現実の世界に影響を及ぼしてると感じることが、原口議員のことも含めて、たくさんあって、なぜ自分のように、足腰が弱って、自分の出した塵、芥、ゴミの山の中で座り込んでいるだけの、落伍人間の願いを、神々は聞き届けてくださるのかということを、自分なりに考えてみた。
 病気の病気たる所以で僕は、自己肯定感が薄いところがある。
 好きで塵、芥、ゴミの山に座しているのではなくて、そうならなくてはならないほど追い詰められているということだ。
 僕は一日、四時間くらいしか動くことが出来ないし、生活に必要な家事労働の他は、近所のスーパーに車で買い物に行
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