I氏の手のひら/花野誉
暫しの沈黙と見つめ合い
このまま口吻してくれたらいいのに
背徳感と陶酔で
胸が苦しくなりそうな頃
「おはよう」
屈託の無い笑顔を私に差し向ける
勝手な幻想はあっという間に霧散した
自覚のない男前に
絶対恋なんてしない!
微笑み返して直ぐ左を向いた
数年後
I氏を見かけた折
何かに疲れたかのような妻と
幼い男の子を連れて歩いていた
かっての犯しがたい雰囲気は
影も形もなかった
それでも
未だに蘇る手のひらのカタチと温度は
ポケットの中の飴玉のひとつである
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