落涙/ただのみきや
生きるための雑事ははがれ落ち
誰かにつなぎ止められた生
まる裸の生とは
鑑賞されるものではない
母さん なにを願おう
あなたのために
もっともっと長生きすることか
苦しまずに逝くことか
たまに面会に行くだけだから
孝行息子も道化も演じられるが
もう退院しないあなたに
病院食しか口にできないあなたに
絵筆すら持てなくなったあなたに代わり
わたしが絵を描こう
最後に渡したスケッチブックは
ひらけどめくれど白紙の曇り空
降りてゆくために
わたしは絵を描こう
もうあらかた
自分をことばに変えてしまったのだから
身軽に落ちてゆける
たったひとしずく
海の欠片のように
どこかでつながっている
深い海の底の洞窟のような
細くねじれた路
あるいは鏡や
ことばの向こう側
一枚の絵の中の風景を
すこしだけ違う角度で見ているように
(2025年4月26日)
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