金木犀/山人
 
恥ずかしくらい若かった
初秋の街角から立ち込める金木犀の香り
今でもその匂いを求めてさまようことがある
その、樹木のある家を見たこともなく
たぶん老人が住んでいたのであろうか
おそらく猫もいただろう
茶菓子には干し柿が三つほど入っていて
老人は老婆と病気のことについて
話していたのかもしれない

僕らは棒切れのように若すぎて
笑える夢を真剣に語っていた
あの街角などもうないはずだ
君は小学生のような夢を語り
あの後、上京したはずだ

そんな君が偶然に僕に電話をくれた
僕らは懐かしすぎてあまり会話にならなかったけれど
結局君は夢半ばで普通の人になったのだと言う
一人で僕は
君など居ない電話で独り芝居をいつもする
あの、若すぎた時代にだけ僕らは存在した

別にどこにも行かなくてもいい
きれいな景色や美味しい料理とか
素敵な音楽だの映画とか
そんなものよりも
僕は
金木犀のにおいをかいでいたい

すべてが輝いて見えた橙色の夢が
香りとともに僕の周りに満ちていた時代が
確かにあったのだ

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