抜けの良さをぬけぬけと語る「抜け」と「ピアノリサイタル」/鏡文志
の詩の多くは他サイトでは、イイネのひとつもつかなかったものだ。
しかし、あさひてらすの詩のてらすは朝日新聞系列だから、毎日一万人程度の目に止まるはず。毎日一万人程度の目に止まるであろうサイトの常連投稿者である僕が、一般の場では全く目立たずモテずの扱いに耐えている。
そこにあるのが、私の沈思黙考精神に対する無理解と見た。
私は常に考えている。これでいいんだろうか? それでいいんだろうか?
抜けの良さを発揮出来るのはその悩み苦しみの結集であり、塊としての作品内においてである。普段の私は特にコミュニケーション上は他者に対し、特に女に対しては、抜けの良さを発揮出来ることはそう多くない。早い話が
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