NWSF剣豪ロマン カンテラ・サーガ、ピリオド3『からつかぜ』?/?任勇梓 Takatoh Yuji
、彼は全然それらを使用しないのであつた。さうして、たゞぼけつと、空想の世界に潜り込んでゐるのが、彼の好みなのだつた。
「魔物、ねえ。そんなのゐるの? 本当に」「らしいわよ。兎に角たんまり儲けてるつて噂なんだから」なんだ、カネ持ちか…。何となく(ごく輕くだが)侮蔑の念が湧いた。だがそれを表には出さないのが、杵塚の流儀だつた。
この大東京には、色んな人間がゐる…、田舎の、杵塚の實家の邊りでは考へられぬ話だ。
少年時代、郷里の映画館(巨大スーパーの上の階にある奴)に罷り間違つて、タルコフスキーの遺作『サクリファイス』がかゝつてからと云ふもの、その余りに美しい幻想の投影に、杵塚の映像への憧れ遥けく、然したゞ東京には流れ着いたに過ぎず、何も一旗揚げやうなんて目論見とは彼は遠かつた。
自分はたゞ、倖世との爛れたやうな時間を通して、命數を減らしてしまひ、そんな華々しいご活躍の例の「お侍さん」とは縁もゆかりもなく、死んで行くのだ。杵塚は暗い幻想を樂しんだ。
その時の顔- 倖世の顔に、何だかこの世ならぬ趣きがあつたのを、杵塚は見逃してゐた。
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