肉の在り方/不老産兄弟
 
こうでなくてはならないとか、こうであるべきとか言うのはあんまり好きじゃないが、俺は一つだけ決して譲れない哲学をもっている。それは、肉の在るべき姿。

肉は、その存在自体魅力的なものでなくてはならない。
そこにあるだけで、周囲にエロスを感じさせるものでなくてはならない。

それは単に肉という物質の存在だけにとどまらず、それを含んだ言葉、概念、行為全てにそういった魅力を感じ取ることが出来なければ、もはやそれは肉として機能することはまずないように思える。例えば肉食、肉屋のように、肉を含んだ言葉は、肉そのものの魅力がその言葉のもたらすイメージに直結していなくてはならないと言うことだ。

我々
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