底のない浜から/アラガイs
 
は獲れないだろう。いや、直に貝を獲ろうとすること自体を人々は無益な事だと思い込んでいる。長い入院生活を経験すればそれくらい弱気にもなるものだ。
泡が湧いて小さな穴からミル貝が塩を吐き出した。挟みを挙げたまま石牡蠣の割れ目で動かないワタリガニ。それを白鷺はじっとみつめていた。置き石から釣り竿を上げれば腐りかけたナマズ。その日は経験のない珈琲の苦い味がした。 
底のない時代、丘や海にも多数の生きものたちが安楽と蠢いて、陽と陰を二分していた。
いつまでも辿り着けないと思い込んでいた蜃気楼。あの頃は水平線に直線を重ねて定規にしたものだよ。とは喜三郎から受け継がれた合言葉。近くに無いものは遠くにも無い
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