一筆/妻咲邦香
 
色の無い景色、風の無い景色が嫌いだった
息を潜めて雨宿りする軒下
一番自分に近い言葉が訪れるひと時
生まれた場所から離れ滴り落ちていく滴を見送り
その向こう側にぼんやりと移ろう情景が
私との間合いを計りながら対峙しお互いを語る
あちら様はなんと誇らしげで、背筋も伸ばして姿勢も良く
私にはまだ何色もなく風も吹かない
それなのに滴とそれに付随する冷たさと
さらにその感触を掠め取ろうとする皮膚の間で
傘を差せないでいる

折れた紙の端
拝啓
一先ず筆を置きなさい

私は助けられたかったのかもしれない
一筋の滑らかな虫となって生命を吐き出すその姿が
曖昧な自意識から解き
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