思ひ煩ふな空飛ぶ鳥を/狸亭
 
典の森をさまようには
膨大な時間がいる
女をもとめるには
愛が
酒をのみつづけるには
健康な胃袋が
インドを知るにはその大地に身を横たえることが
自由を実現するためには反抗が
要求される

風がしだいに強くなる
窓ガラスがゆれる夜
世界に時間がみちてゆく

水槽の中で
鰐がねむる
河馬がおもたい眼をとじる
うごかない犀がいる
あおい照明に
象のながい睫の下の
狂ったやさしい眼が血走る
ひろがってゆく地図
アフリカの大草原の記憶の方向へと
首をのばすキリンまでもが
上野動物園では巨大な水槽の中にねむる

まだ読んでいない本がふえつづけ
病院には死にかけた老人がふえていく
怒りと感動がなえてゆき
うっすらとした笑いがひろがる

その顔にむかって
やせた乞食女が赤ん坊をだいて
おおきな目をしっかりと開き
筋張った手をのばしてくる

「幸福といふものが
欲望と實力の均衡にあるなら」

フロマンタンの文章がよみがえる
あれはてた庭には薔薇がひらいた。


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