Slow Boat/服部 剛
 
この街には
音のない叫びが無数に隠れ
僕の頼りない手に、負えない 

渋谷・道玄坂の夜
場末の路地に
家のない男がふらり…ふらり
独りの娼婦の足音が、通り過ぎ 
酔いどれた僕の足音が、通り過ぎ
男の潤んだ赤いまなざしから
一瞬、僕は目を逸らす

人の傷みも背負えずに
自分の傷口が少々沁みる夜には、せめて
絆創膏(ばんそうこう)をぺたりと、心に貼って
生ぬるい夜風の撫でる
道玄坂の人波を下りてゆく

思い出すのは十年前、この坂を歩いた
酔いどれの目線の先に思い浮かべた 
あの輝ける不可思議少年という詩人の姿 
若き言葉の旗手だった彼は
もう世にいない
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