猫次郎/やまうちあつし
つかふたつでいいものさ
そのひとつかふたつに
いつまでもおどろいていられることが
しあわせということの秘訣じゃないかな」
猫はそう言ってティシューを1枚取り
鼻をかむ
そうして言う
「しっけい」
☆
猫との帰路が日課となって
しばらくのこと
話があった
転勤になったという
猫の事務所が国内の
何箇所にあるのか寡聞にして知らないが
わりと遠くの支店に異動になったとのこと
あるいは海外かもしれぬ
あるいはこの世の外やもしれぬ
転勤前最後の帰り道も湿っぽいことはなく
それがまた猫らしかった
送別会でも、と言いかけたが思いとどまり
いつものように眠りについた猫に
自分のしていたネクタイを外して
締めてやった
☆
それからまもなく
私は猫を飼い始めた
同僚とも何とかうまくやっている
猫からの便りはない
いまごろどこかの事務所近くで
誰かの助手席に腰掛けているだろう
私は猫をなでながら
そんなことを想う
くしゃみはもう出ない
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