ぬ/若原光彦
りぬ。せぬ。こぬ。どちらかといえば気の重い役目だろう。「ない」や「ず」では勤まらないケースが私に回ってくる。そして私がとどめを刺すのだ。問答無用に撥ねつけるように。ひと文字「ぬ」と言うとどうしても気の抜けた印象を持たれがちだが、実務はいつも厳粛だ。
もちろん「ぬ」の出番が全てが暗い役目ばかりというわけではない。絹のあるところに私はいるし、私なくては絹も成り立たない。シルクと呼びたければそうするがいいが、それで絹の何が揺らぐわけでもないだろう。
ことは私だけではなく、それぞれの仕事で皆それぞれにありうる。たとえば「ん」は「ん」なりに、自分を抜いては腰砕けだと自負しているかもしれない。「と」は「と」として、安易な登場をしぶしぶこなしているのかもしれない。しかしそれもまた勝手な考えだ。私が思うに、消えていったものもいるなかで、ただ残るものが残るべくして残った、それだけのことなのではないか。
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