ひそみに倣う/田園
 
彼女は美しかった。彼女は彼に出会い恋をして、結婚した。 
職場結婚であった。私はそれを人づてに聞いた。 
昔の私には彼女は救世主だった。特に何をしてもらったわけでもない。特に何をもらったわけでもない。ただ、私の世界に色をくれた、救世主だった。 
私は彼女の模倣をした。恋する相手すら偽って、彼女の言う通りに過ごしていた。楽しかった。彼女が笑ってくれるから。 
笑顔だけを信じていた。そんな愚かな青春だった。 
年を取り、一人茫洋として今。元来怠け者の私は、無人の海辺で浮かぶ藻の様である。 
昔を懐かしむ和やかさも醜さも最早無く、ただぷかりと浮いている。 
美しい彼女は子供を孕
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