桜便箋/嘉野千尋
 
  
今も変わらずに花の名である人へ



  きっと気紛れに入れたのでしょう
  桜の花びらが
  はらりと、
  不意に零れ落ちたので
  もうどうしようもなく立ち尽くしてしまいました
  

  右上がり、
  癖のある文字
  わずかな乱れもなく
  淡々と、
  季節の挨拶の後には
  別れの言葉が並び
  結びに、桜が咲いたと、
  後になって思い出したかのように
  脈絡もなく一言、付け加えられて


  黒インクのわずかな滲み、
  そこに言葉以外の言葉を探すわたしの姿を
  きっとあのひとは知らないのです
  吉野の桜は終わってしまいました
  わたしの春は通り過ぎてしまったのに
  零れ落ちた花びらは、色褪せることなく


 
桜が咲いたなら、伝えてください
同じ色の便箋で
約束をしましょう
春が来るまでの、楽しみのために





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