夜の木/やまうちあつし
想われたのだ
真理の証明には
論理以上のものが必要であることに
植物学者は気付き始めていた
そのことに気付いた時点で
彼はもはや
学者ではなかった
「先生、その木には
いったい花が咲くのでしょうか。
咲くとすればそれは
真夜中の何時ころなのでしょう。
多くの夜行生物や
私に見えない異教の神が
その花の周りに集まるでしょうね。
私にもそれを見る資格があるでしょうか。
いったい飛行機や列車をいくつ乗り継げば
その木のある砂漠まで
たどり着けるものでしょうか。」
植物学者だった者は
かつて見た夜の木の姿を思い浮かべた
あれは何かに似ていると
見つけたときから想っていたが
信者の女性の話を聞いて
思い当たったものがある
〈サモトラケのニケ〉
頭部と両腕が大きく損なわれた
古代ギリシャの女神像
目を閉じて
砂漠に立つ夜の木の隣に
それを置いてみる
月の光に照らされて
まるで姉妹のようではないか
と
植物学者だった者は想う
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