椅子の話/やまうちあつし
ある街に
一人の椅子職人がいた
注文を受ければ
どんな椅子でも作ってみせた
子どもの椅子
大人の椅子
老人の椅子
病人の椅子
政治家の椅子
王様の椅子
芸術家の椅子
神様の椅子
けれども一番
したかったのは
道端に放り出し
誰でも座れる
椅子を作ること
誰でも座れる椅子であるには
たった一人のおしりに
馴染むのではいけない
いつでも座れる椅子であるには
雨にも風にも
耐えなければいけない
どんなに丈夫な椅子を作っても
どんなに素敵な椅子を作っても
誰かが座れない羽目になる
椅子職人は悩んだ末に
旅に出た
世界のあちらこちらをまわって
どんな人でも座れる椅子を
探そうというのだ
そうすれば誰も
泣かなくて済むのでは
幸せだとか
そうでないとか
そんな議論はいらないのでは
工房が閉鎖されてから
随分経つが
見つかったという
便りはいまだ
届いていない
今日もまた
ひとりの旅人が
街から街へさすらっているだろう
聞いたことないですか
そんな椅子の話
戻る 編 削 Point(0)