あの頃はもう…/イナエ
職したぼくは その日
地元のウォーキン大会に参加して
昔住んでいた街を歩いていた
少年の頃の記憶とは
別の都会になってしまった町並みで
あの有名な菓子屋を見つけた
店の前には数人の行列が出来ていた
ぼくは列の後ろに並んだ
店先には菓子を渡している老人が居た
コウちゃんだ
少年のまま老いたコウちゃんだ
懐かしさのあまりぼくは名乗った
だがコウちゃんは
初めて接する客のように愛想良く挨拶した
けれども
ぼくの持ち出す田舎のことには
首を振るばかりだった
コウちゃんはお菓子の包みを渡しながら
申し訳なさそうにぽつんと言った
「Tさんは元気ですか」
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