あの頃はもう…/イナエ
戦火を避けて祖父の家に疎開していたぼくの
ノートや教科書と一緒に
街にあった家が焼け落ちた翌日
父は硝煙クサイ鉄の筒を持ち帰ったが
それ以来 街の家のことは口にしなかった
道を挟んだ隣のTさんの家に
同じ街から疎開していたコウちゃんがいた
学校は違ったけれど同じ学年で
平和になった田舎で
ぼくらは近所の少年たちと
野球に明け暮れしていたが
その歳も終わりに近づいて
コウちゃんは街へ戻った
コウちゃんとは
老舗の菓子屋だった
少年だったぼくは
一度だけその菓子屋を訪問したけれど
コウちゃんは街の少年達と出かけていて
会うことは出来なかった
退職し
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