あの頃はもう…/イナエ
 
戦火を避けて祖父の家に疎開していたぼくの
ノートや教科書と一緒に
街にあった家が焼け落ちた翌日 
父は硝煙クサイ鉄の筒を持ち帰ったが
それ以来 街の家のことは口にしなかった

道を挟んだ隣のTさんの家に
同じ街から疎開していたコウちゃんがいた
学校は違ったけれど同じ学年で
平和になった田舎で
ぼくらは近所の少年たちと
野球に明け暮れしていたが
その歳も終わりに近づいて
コウちゃんは街へ戻った

コウちゃんとは
老舗の菓子屋だった
少年だったぼくは 
一度だけその菓子屋を訪問したけれど
コウちゃんは街の少年達と出かけていて
会うことは出来なかった

退職し
[次のページ]
戻る   Point(8)