ゴキブリ/島中 充
手淫のような、やましい気がするのだ。以前ラジ
オで聞いた話を、少年は思い出した。酒に酔った男がタンスの隙間から這い
出てきたゴキブリにマッチで火をつけた。ゴキブリは油紙のようによく燃え
る。羽を広げ、めらめらと燃えながら舞い上がり、天井裏に逃げ込み、火事
になったというのだ。この卵に数十の赤子がいようと、ゴキブリだ、やまし
い証拠は消し去らなければならない。マッチを引き出しから取り出し、燃や
しにかかった。火を近づけると、卵は小さな青い炎を上げポンと弾けて破裂
した。部屋の中に髪の毛の焼ける匂いが漂った。
その夜、浅い眠りの中で少年はかさかさという音に目覚めた。まだ薄暗い
中、目を凝らすと一匹のゴキブリが、ごみ入れの中のノートを、ちぎって
丸めた紙を食べているのだ。それは前夜、手淫の精液を拭い取ったノート
の切れ端であった。食っているのはあのゴキブリに違いない。
自分がクラスで、ゴキブリと呼ばれ、なぜいじめられているのかを、その
時、はじめて、少年は理解したような気がした。
戻る 編 削 Point(6)