虫の定義/佐々宝砂
ミュータンス菌や白癬菌よりはずっと虫である
虫度が高いとでもいおうか
そして見た目とは裏腹に
アシダカグモはきわめて清潔な生物である
彼らの主食は雑菌にまみれているが
アシダカグモの消化液はそれら雑菌を抹殺できる
自らの脚も消化液で清潔にする
そして清潔も不潔もどうでもよくなるほどに
彼らの眼は美しい
引き出しの中で忘れ去られたビーズのように美しい
ああそうだ
すべて美しい眼を持つものは虫なのだ
でもよく考えたらアキヨシメクラチビゴミムシに眼はない
眼はないけどアキヨシメクラチビゴミムシは
その全身で世界を感じる
暗黒の洞窟で小さな彼らは世界を見る
言い直そう
世界を感じようとする受容体を持つものは虫なのだ
ただ眼という器官がわかりやすいに過ぎない
青空がひとつの美しい眼を持ち
夜空が無数の美しい眼を持つならば
空もまたひとつの虫なのだ
この身もまた美しい受容体を持つ虫でありたい
などとがらにもなく嘆息すれば
机のうえにひょんと飛んできたハエトリグモの八つの眼のうち
正面四つがこちらを見る
その丸く磨かれたジェットのような四つのまなこ
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